体感する能|葵上 梓の出


体感する能

日時 2013年6月29日[土]
会場 宝生能楽堂
 
番組表
連吟 「須磨源氏」 高橋憲正ほか
舞獅子 「半蔀」 シテ(夕顔): 澤田宏司
狂言 「梟」 シテ(山伏): 山本則秀
能 「葵上 梓の出」 シテ(六条御息所): 宝生和英
ツレ(照日神子): 田崎甫
ワキ(横川の小聖) 森常好
ワキツレ(大臣): 舘田善博
間狂言(従者): 山本則重
笛: 小野寺竜一
小鼓:鵜澤洋太郎
大鼓: 柿原弘和
太鼓: 観世元伯
後見: 和久荘太郎 ほか
地謡: 武田孝史・辰巳満次郎・水上優・高橋憲正 ほか
ナビゲーター:平田広明
脚本:石井飛鳥
■あらすじ「葵上 梓の出」
正体不明の物怪にとり憑かれ、重病の床にある光源氏の正妻・葵上。
高僧による祈祷や薬もいっこうに効き目がなく、梓弓の音で霊を呼ぶ照日の巫女を呼び出し、
葵上にとり憑くものの正体を明らかにしようと試みます。一心不乱に祈る巫女。
そこに現れたのは、源氏の愛を失って嘆き悲しむ、破れ車に乗った六条御息所の生霊でした。
かつて賀茂の祭見物で葵上の家来たちと車の争いになり、
侮辱された御息所はその怨みを晴らさんと葵上を枕元で責め立て、
幽界へ連れ去ると言って姿を消しますが……。

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体感する能|葵上 梓の出」への9件のフィードバック

  1. 志乃

    私の「能」体験は、平安神宮の薪能や野外の舞台ばかりだったので、
    今回の能楽堂をとても楽しみにしておりました。

    ご宗家が出演されていた番組でちらっと能楽堂を拝見しておりましたが、
    それ以上に自分が実際、扉から眺めた景色は壮観で、橋掛りと本舞台の佇まいも、
    また、なだらかに施された客席も、思わずため息がでるほど魅力的な「場」でした。
    そして屋内の舞台というのは、風や周囲の騒音に気を取られることなく、
    集中して踊りや謡そのものを堪能できるモノなのですね。
    (屋外の能舞台ではそれらも世界観の一部として、とても趣があると思いますが。)

    ご宗家が「感情を型で表す」とおっしゃっていたように、人の動きから全ての感情をそぎ落とすと、
    あんなにもシンプルながら、逆に人の心には直にその「想い」がすごく伝わるんだと、
    朗読能「葵上」の舞台を心の中でなぞりながら考え、感動していました。
    特に六条御息所が鬼になった我の姿に気づき、嘆きながら葛藤しているところなど、
    恐ろしくも限りない悲しみが伝わってきました。

    そしてあれらの型を「美しい所作」として、長時間の舞台で踊り続ける皆さまに、
    ただただ感嘆するばかりでした。
    以前、「能」独特の立ち姿を学ぶ機会があったのですが、どう考えても
    人間の構造的に無理な態勢だなぁと思っていたので。笑。
    と、同時に少し引いて全体を観ていると、じっと待ちの体制をしている方が
    結構多いのにも気づき…、舞台の景色としての人の存在も
    とても重要であると思うのと同時に、動かないでいるのも大変だなぁと。笑。

    連吟「須磨源氏」では、地謡いの方々の流れるような連鎖する動きと、
    独特の声の重なりが爽快でした。
    舞囃子「半蔀」は、万感の想いをのせて舞う方の足元に、二人の楽しかった時が
    幻のように次々と闇に浮かび上がる夕顔の花として咲いていくような感覚で、
    なんだか逆に物悲しく感じました。
    狂言「梟」では、オチが分かっていても3人のリアクションや、伝染していく「間」が絶品でした!

    「葵上 梓の出」は、六条御息所が鬼の面になった時、舞台の上から急に墨を流したような
    闇が落ちてきて、鬼の面だけが浮かんで見えたような錯覚を。
    また衣装の黒地に丸紋尽柄の縫箔が、この世のモノならない雰囲気を増していたように思います。
    やっぱり能の面や衣装って素晴らしいですね。
    そしてシテのご宗家は、存在としての厳かさと、感情としての生々しさが混じり合う姿を
    威圧感たっぷりに。ただただ圧倒されました。

    最後に。
    平田さんのナビゲーションは演目を見る前のいい準備運動になりました。
    観る体制づくりというのか、平田さんの低く穏やかで優しさを含んだ声が
    私が演者の方々や舞台に向かう気持ちをうまく盛り上げてくださっていたと思います。

    また橋掛りからゆっくりと出てきた平田さんが、一足一足、舞台を踏みしめながら歩く姿にドキドキし、
    舞台を移動しながら滔々と語る姿に惚れ惚れして。笑。
    ただ舞台から見下ろされていると、思っている以上に大きく感じられてちょっとびっくりしました。

    久しぶりに静かで優雅な芸能にふれることができて、とても清々しい気持ちになりました。
    このような機会をいただき、本当にありがとうございました。

  2. きあろんろん

    狂言や能など初めてづくしがたくさんでワクワクしながらの観劇でした。
    平田さんのおかげで世界が広がっていくことにいつも感謝しています。
    ありがとうございます。

    客電が落ちると笛の音が響きはじめ、奥の橋掛りから平田さんがゆったりと歩いてこられて、
    その瞬間からもう幻想的な和の世界へ導かれてしまいました。
    メガネがダメとの事でどうされるのかな?と思っていましたが、台本を開くことなくうたを詠みはじめたのでびっくり。
    本舞台を隅から隅まで歩いたり、時々くるっと回転されたり、演じるようにストーリーを話されたり、
    そのお姿の一つ一つがとても優雅で上品に感じました。
    はじめのうちはウットリしてしまいせっかくのナビの内容が頭に入ってない事に気付き、途中からはストーリーに集中しようとがんばりました。

    平田さんのお声はとてもよく通っていて、舞台にマイクが設置してあるのかと思うほど。
    さすがだと思いました。
    見ると発声のたびにお腹と帯の辺りがフッフッと動いていました。

    (ところで、くるっと回転されるたびに台本が見えたのですが、文字がだいぶ大きめに印刷されていたような…^^)

    後半もう一度出てこられた時は、私もだいぶ落ち着いていたのか、葵上のお話だったせいか、ナビの内容がスッと頭に入りました。
    生霊となった御息所のセリフを言う平田さんには迫力と妖艶さを感じ、横川小聖の時にはどっしりと落ち着いた印象を受けました。
    鬼と小聖の応戦では内容を知ってるのにハラハラドキドキでした。

    後ほど「一人っきりの舞台はむちゃくちゃ緊張したぞいっ!」とツイートされててびっくり。
    とてもその様には思えない、しっとりと優雅なナビゲーションで、パンフの言葉を借りると「臨場感あふれる観能体験」でした。

    ナビで「今宵、お目にかけましょう」「霊たちが舞台に舞い降ります」みたいな事を何度か言っていた気がするのですが
    そのおかげか、平田さんが去った後に現れるみなさんが別世界からやって来たような不思議な気持ちに。
    そしてここからは入場の時にいただいたパンフが大活躍!
    連吟では、舞囃子では、あらすじのどの部分をされてるのかとか、演者さんと舞台構成のこととか、本当に助けられました。
    声を出さない時には手を隠し、出す時には扇子を持つなど、何もかもが初めて見る事なのでキョロキョロ。
    演劇では明りを落としてするような舞台場面の設置や、太鼓をしまって演者さんたちが立ち去るまでを、煌々と明るい中でされるのも新鮮でした。

    狂言の「梟」はあらすじを読んだだけでも可笑しく思っていましたが
    実際の舞台はもう吹き出してしまいました。面白かったぁー!
    祈祷の言葉が「葵上」と同じという事で、その後の切ない「葵上」でも「梟」を思い出し微笑んでしまったのは内緒です…。

    舞囃子「半蔀」で太鼓の方が若々しく力強く奏でたり声を発してたのがとても印象的だったのですが
    「葵上」でその方にそっくりな演者さんが!パンフを見たら同じ名字。
    先程の方が息子さんでこの方がお父様なのかなぁと思って見てしまいました。
    お父様と思われる方はさすがに余裕の見られる円熟した様子。息子さんもがんばって!と密かに応援したくなりました。

    楽しみにしていたシテの宗家。本当に一瞬たりともお顔は見れないのですね。
    はじめは弱々しく思えた御息所ですが後半の鬼は大迫力!!!
    太鼓や小鼓などに合わせて足をドン!とするのが、大太鼓のようで演奏にも迫力が増したように思いました。

    すべてが初めての体験だったのでおかしな感想を書いてしまったかもです。
    そして長々とすみません。
    平田さんのおかげで伝統芸能に触れられ、とても素敵な時間を過ごせました。本当にありがとうございました。

  3. maki

    先月の朗読能では、甲斐田さんの声の演技によって御息所の悲しみ・苦しみ・女の哀しさを感じました。
    今回の能楽は、男声と太鼓の響きのためでしょうか。御息所に「怖さ」を感じました。能面を付けているので尚更、この世ならざる恐怖が近付いてくる感覚を味わいました。
    同じ「葵上」ですが、こんなに違うものなのですね。
    特に、御息所が静まっていくところでは、角に手をやり自分が鬼になったことに気づいて愕然とする(と解釈しました・・)姿が、哀れでした。
    朗読能では、御息所がどうして心を落ち着けたのか何となく腑に落ちなかったのですが、能楽の方が、私の中の御息所とかみ合う点が多く、素直に納得できました。
    古文や小説で何度か目にした場面ですが、二つの舞台を見比べることで、改めて色々に解釈できる話なのだな・・と感じ、面白かったです。
    平田さんの出演をきっかけに、面白い経験をさせていただきました。ありがとうございます。
    最後にもう一つ。大鼓と小鼓が同時に鳴った瞬間、響きが身体を通り抜ける感覚が最高に気持ちよかったです。また、生の能舞台を観に行きたいです。(・・・でもやはり東京は遠いです。せめて関西・・・)

  4. トチノカ

    いろはに…の列での席は、初めてで自分で座席を探すのも楽しかったりして。舞台の雰囲気も、とても安らぐ感じで浮き立ちました。天井から舞台を照らす一点のライトが月の光に思えました。

    橋掛りから登場される平田さんは風格があって凛々しかったです。朗々と解説される、お声は舞台中に響き渡り聴き心地良かったです。本当に平安の世へタイムスリップするようなとパンフレットにも書かれた通り、ゆらゆら自然と誘われました。とっても素敵なナビゲーションでした。終演後に、能舞台を全体的に眺めたら切り戸口のスペースを見て、ここから出入りされていたのかと改めて発見しました。切り戸口のある壁より、ほんのちょっと入り込んだ席だったものですから。指で数えて薬指の列でした。
    能『葵上 梓の出』では知識など無いので、もとより漠然としたものですが、思ったよりも感情表現や動作が激しい場面もあったりと緩急がはっきりしてるんだなと感じました。床の上に置かれた着物を葵上に見立てたり、無いものを有るものに演出する奥深さ。六条御息所が着物を頭から被る姿は物々しいなとか感じたり、床を踏み鳴らし演奏との拍子や呼吸が、急になって激しくなり太鼓まで入ってくると、緊張感が増しました。般若の面になる前は、泥眼って言うんですね。面にも色々名前があるんですね。葵上に、六条御息所がにじり寄った瞬間、鬼気迫るものがありました。いえ、すでに鬼に見えました。
    般若面になった後はもう一触即発、息せき切る…のは私だったかもしれない、それくらいハラハラドキドキと食い入っておりました。多くを喋らないので余計に恨み言を言うセリフにインパクトがありました。
    相譲らない相譲れない、苦しそうなのに抗う六条御息所の情念の強さが胸を衝きます。
    祈祷の末、六条御息所が正気を取り戻し、角に触って自分の出で立ちにおののく姿は痛ましかったです。
    光源氏は罪な人ですね。

    摺り足で橋掛りから本舞台まで、能面の限られた視界で怖いなとか、揚幕の開閉もスムーズ自然な出入り床を踏み鳴らす時、舞台が良い音してたなとか思ったり体験できて楽しかったです。
    ひとつひとつの所作に受け継がれてきた伝統の重厚感と格式を感じました。

    連吟『須磨源氏』では謡声が舞台から響き渡り、うねりのような余韻に浸りました。厳かでとても静かな印象。地上と天上の人が出会う不思議で美しい景色のお話、青海波という舞を見てみたいと思いました。
    それから、青海波とは何だろう?と思い調べたら、名前は知らなかったけど、よく見掛ける文様だと知りました。装束に使われた文様だとか。
    始まりから終わりまで整然とした所作が見ていて気持ち良かったです。

    舞囃し『半蔀』に出てくる夕顔は儚げというか可愛らしい霊という印象を受けました。小鼓、大鼓、笛に地謡と入り華やかだなと思いました。楽器も綺麗な音でした。夕方から咲き始め翌朝にしぼむ。花の如しですね。

    狂言『梟』では梟にとり憑かれた弟を山伏が祈祷するも効かず兄にまでとり憑き、とうとう山伏まで憑かれる始末という、とてもユーモアがあって面白かったです。祈祷の合間に「いろはにほへと」と入ったところとか。三者三様といった感じで、それぞれに個性を感じました。真面目そうな兄の梟も面白かったけど山伏の抗う、葛藤のようなものが見え隠れ結果、ぎこちない感のある梟も好きです。狂言の方が正直、分かりやすかった気がします。
    祈祷の言葉が葵上と同じということで、梟もよっぽど怒ってたんだなと感慨深かったです。

    どの作品もそれぞれの見所があって良かったです。一回と言わず、何回か観た方が良いのかもと思いました。宝生能楽堂に来たのは初めて、作品との出会いもまたご縁だなと思いましたし、作っていかなくちゃなとも思いました。

    ホワイエにあった、勧進興行の1/100スケール模型には、当時の賑わいを想像して舞台に思いを馳せました。絵や写真のパネルなどもあって、施設も充実してて満喫、そして落ち着く空間でした。能舞台も立派で素敵でした。居心地良くて帰る際はうしろ髪引かれる
    思いでした。

    幽幻の空気と特別な時間をありがとうございました。

  5. ぽよこ

    狂言はなんどか見た事があったのですが、
    能ははじめてでした。

    平田さんのナビは、それだけで物語の世界に
    誘ってくれるような…。

    しかし、残念ながら、本体のほうは、どうも
    ワタシには、相性が悪かったようです。
    座った場所も悪かったのか、楽器の音に
    歌詞や台詞がかき消されてしまい、
    殆ど、内容が解らずじまい(T_T)

    狂言は、言葉もわかったし、コミカルで
    楽しかったです。

    舞の緩やかさは、すごいと思いました。
    以前、ワタシは中国気功をやっていた事があり
    緩やかに動く事が、どれだけしんどいかを
    思いだしました、

    須磨源氏等は、源氏物語の二次創作的なもので、
    昔から二次創作って、結構人気があったのかなぁ(^_^;
    )

    次回は、席を変えて見てみようと思います。
    音響のよい席は、やはりお高いのかしら?
    しかし、日本の伝統芸能との相性が悪いままに
    終わってしまうのは、芝居好きとして寝覚めが悪いので、
    めげずに、トライしたいと思います(^_^)v

  6. もみっち

    狂言は、以前何度か観たことがあったのですが、お能は初体験でした。
    第一印象は、皆様のお声の良さ!!
    それから、よく上下しないですっと歩けるものだなっと。
    以前、日舞をやっている友人に「以外に日本のものって体力いるんだよ」と聞いたことを思い出しました。
    日本芸能ってスゴイですね。
    お能自体も、以前ご宗家様がTVで「お能って演じるときに感情がどうこうってことはあまり関係なくて・・・」みたいなことをおしゃっていた気がしたのですが、やはり六条の御息所のすごさは観ているこちらが突き動かされるものがありました。世界がとても美しいです。

    そして、平田さんがナビーゲートしてくださったわけですが、いい意味で心を荒らしていただきました!(笑)
    葵上のナビゲート、六条の御息所が痛ましくて、でもいとおしくて「ふぉぉ!」となりながら拝見し、お能を見る時も、その「ほわっ、ドンっ」としたものを持ちながら、観ることができ、とても幸せでした。
    本当に良い時間をありがとうございました!
    次回また、楽しみにしております!

  7. moko

    学生時代に何度か観て以来、久しぶりの能でした。今回は先日の朗読能のおかげで、人物や内容が分かっていてとても観やすかったです。
    改めて感じたのは、能の装束や面の美しさ、そして演者の方々の所作の美しさです。足の運び、手の動きなど最小限の動きで怒りや悲しみを表現する独特の優美さがありますね。
    六条御息所の登場は、まさしく人ならざるものが橋掛りを渡って近づいてくる、という感じでぞくぞくしました。
    体感ナビゲーションてどんな風にするのかな、と楽しみにしていましたが、平田さんが舞台に立たれた瞬間、客席がしん、と静まり、その語りで空間ごと異世界へ引き込まれていくような気がしました。まさしく体感、という言葉がぴったりでした。
    忙しさを言い訳になかなか機会が持てなかった能観劇ですが、このようなすてきなアプローチをしていただいたことに感謝します。また別の能の演目もぜひ観てみたいと思います。

  8. かる

    数年前よりお能にはぼんやりとした興味を持ちながら、実際のお舞台を拝見するのは二回目…という初心者が参りました。
    連吟の重厚な男声合唱も、舞拍子も、滑稽な梟の狂言もとても素晴らしくまた楽しく印象に残りました。13人で謡うとあんなに迫力のあるものになるのですね、圧倒されました。
    それにもまして、メインイベントの「葵上」は私にとって予想外のものとなりました。元々あまり演劇等好んで出かける方でもなく生の演劇というものに疎いのですが、舞台(演劇)というのは客席から“眺める・見る”という感覚で遠くから舞台上を見て色々考えたり感想をもったりするというスタンスでおりました。ところが、昨日の「葵上」、特に六条御息所が鬼女となって後の場面では殆どそういった見方ができませんでした。囃子の音も鼓や太鼓の方のかけ声も果たして謡いですら別個のものとして記憶にないのです。ただただ、何かがそこに“在った”としか表現のしようのないものがありました。舞台上の全てが御息所の中に一つになったような…そしてそれがこちらに向かって押し寄せてくるような… 見ている間ずっとものすごく心拍数が上がっていた気がします。その位迫力を感じ、興奮していました。
    そして最後、杖を降ろして扇に持ち替えた時、頭の片隅で「ああ、こういう演出なんだな」と冷静に考えながらも、恨みの気持ちで鬼となった御息所が人としての心を取り戻したということが伝わってきてちょっと泣きそうでした。
    お能が伝統的な芸能としての素晴らしさという意味だけではなく、とてもエキサイティングなものだということを垣間見てしまった気がします。今後拝見する全てのお舞台でこういう気持ちになれるかはわかりませんが、ぜひまた体験したいと思わせて頂きました。
    今回、ぼんやりとした興味をこのお舞台までナビゲートしてくださった平田様に感謝しております。もちろん、朗読能も拝見させて頂きました。感想は時機を失してしまったので書けませんでしたがとても楽しかったです。ありがとうございました。

  9. ノラ

    初めての能、観劇させていただきました。
    厳かな雰囲気に圧倒されながらも、あっという間に時間が過ぎて行ったように感じました。

    葵の上の能は先の朗読劇に参加させていただいていたのでとてもイメージしやすかったです。
    朗読劇の時に巫女の時に沢城さんが白い打ち掛けを着ていたり、甲斐田さんが紫の着物を着ていたのは、能演目に合わせていたのかなと思いました。

    難しく感じたのは舞と拍手のタイミングでした…!舞はどの音に集中していいのかオロオロしてしまいました。

    敷居が高くなかなか気軽には参加しづらいという感覚はまだありますが、同時にあの独特の優美さをもっと学びたいと思いました。

    今後も初心者でも参加しやすい公演をしていただけたら嬉しく思います!

    素敵な時間をありがとうございました。

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